新井満氏の講演会②
講演会の当日のレンズ雲 吊るし雲です
yukkoさんの記事にもっといい写真がありますよ
講演会の後の空だったので
ことのほか 輝いて眩しかったです
風を見た人は一人もいない
つかまえた人も一人もいない
にもかかわらず風はいつだってどこにだっている 自由自在に偏在している
生まれたと思えば すぐに死ぬ
死んだと思えば すぐに息を吹き返す
そうだ 風とは 息なのだ
大地のいぶきなのだ 地球の呼吸なのだ
千の風になるとは 大地や地球や宇宙と一体化することなのである
人間が死ぬと まず風になる
次に 様々なものに生まれ変わる
" いのちの大きな循環 " の中にくみこまれる というわけだ (CDブックより)
あ~思い出した詩があった
今日は死ぬのにもってこいの日だ
生きているもの すべてがわたしと呼吸を合わせている
ナンシー・ウッド(インデァン)
古くは「平家物語」「方丈記」 また漱石から村上春樹まで
多くの日本人のこころに共鳴する 死と再生 の詩なのだと言われました
言葉を変えれば 無常観 輪廻転生と同じような意味なんだと私思いましたね
それから 「般若心経」に転じて 「空」ということを
万物は 変化していって 滅びる 色即是空
また再生して 変化を繰り返す 空即是色
すべては 空 なのである
こだわりの心 執着心を捨てれば こころは平安でいられる
(わかちゃいるけどね 実践はむずかしい )
すべてを 引き受ける のである
よいことだけでなく 《ガンですよ》と言われても すべてを引き受けるのだと
(ここで英単語のキーワードがあったのだけど 《引き受ける》という・・・)
同じ言葉を近ごろどこかで聞いたなぁ・・・
あ・先日読んだ姜尚中(カンサンジュン)さんの本「悩む力」でも見たわ
老人力は「死」を引き受けて「恐いもの」なしだと
また 無量寺の青山俊董老師も言ってたな 「土性骨の座り」
死は死であっても 死にあらず
どれだけ多くの文学がこのことを教えてきたことでしょう
でもなかなか そうは達観することができず 人は苦しんでしまうけれど
《人は死んだら まず風になる》 とは なんて説得力がある言葉でしょう ☆
生まれるということは奇跡なんだ
だから日々を感謝して 役割を果たそう
ということを 氏の母親が死ぬまで現役の産婆さんだったことから
いのちの不思議さについて 話されました (書くと長くなります)
氏はなかなかダンディで 写真の黒の山高帽(というとダサいね)
英国風シルクハット?をかぶると歌手になり
取ると作家になるのだそうです
モノトーンで統一していたけど 後半ジャケットを脱いだら
古典柄の華やかなステキなベスト 惜しいかな氏は小柄でしたが・・
司会者は カントリージェントルマン という表現でしたよ☆
私は2列目でしたから 氏の表情までしっかり見れました
おっちょこちょいの私 いつもバッグやお財布には紙と鉛筆を入れてあるのに
この日にかぎって なぜか鉛筆がないっ
でも90分間 いい時間でした 行って良かったです
最愛のお父さまをなくされたMIHOちゃん 誘えばよかったな。。。
★ 原詩は英語詩で作者不詳 なので著作権などいろんな騒動があるようだけど
要は 新井満氏が " 時の運 " に乗った人なのだと思う
私は世に遅れることはなはだしく 新井満氏の名すら今まで知らなかったが。
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